秒単位の短期アルゴリズムで勝つことを前提に、これまで検証と実装を重ねてきました。しかし、実行遅延3.3秒・taker寄り執行という現実的な前提に立ち戻り、すべてを executable 基準で再評価した結果、明確な事実が浮かび上がりました。
秒スケールでは、構造的に勝ち切れない。
midベースでは方向性が存在しても、実際の約定価格で再計算すると、スプレッドと板厚に吸収され、エッジは消失します。速度優位を持たない環境で、秒単位の初動を取りにいく戦略は、強い先行アルゴの養分になりやすい。これは感覚ではなく、データで確認された現実でした。
そこで今回は、戦場そのものを変更することにしました。
観測窓を20秒に拡張し、保持時間を180秒に固定する「持続追随型」へと時間軸をシフトし、非重複・単一ポジション前提で executable ベースの実行可能性を徹底検証しました。評価軸は平均値ではなく、中央値・p25・最大ドローダウン・連敗構造まで含めた分布全体です。さらに、追加コストを0.5bpsと3.5bpsで二層評価し、エッジの耐久性も確認しました。
結論は単純ではありません。
20秒観測×180秒保持では、条件を厳しく絞れば正の分布が残る一方で、コスト前提を厳格化するとエッジは容易に消えます。つまりこれは「圧倒的優位」ではなく、「薄いが存在し得る構造」です。
秒で勝てないなら、時間軸を変えろ。
本記事は、その実行可能性を、ログと数値で検証した記録です。
「この戦略は“エッジがある”のではなく、“執行が少しでも悪化したら死ぬ”場所に立っている」
ので、ここは遠慮せず、
成立領域はスプレッド/板厚/滑りの状態選択に依存
成立領域はスプレッド/板厚/滑りの状態選択に依存
つまり「戦略」より「執行+レジームフィルタ」が主役
と明言しておきます。興味のない方はブラウザバック推奨です。
Ⅰ. 問題設定:秒スケールは本当に死んでいるのか?
まず最初に、自分自身に問い直しました。
本当に、秒スケールは死んでいるのか?
「短期は無理だ」と言うのは簡単です。しかしそれは、負けた側の言い訳にもなり得ます。重要なのは感覚ではなく、前提を固定して、再評価することでした。
今回、前提は以下の通りです。
- 実行遅延:約3.3秒
- taker寄り執行(orderbook VWAPベース)
- executable価格のみで評価(LTP基準は使わない)
- non-overlap(同時保有なし)
- round-tripコストは明示的に控除
これまでの検証では、mid価格ベースで「方向性はある」ことが確認されていました。たとえばフロー不均衡が一定以上に偏ったとき、数秒〜十数秒後の価格は、統計的に同方向へ動いています。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
midで動いていても、約定できなければ意味がない。
そこで、すべてを executable ベースで再計算しました。買いは ask、売りは bid。板厚を考慮した VWAP。遅延を考慮した約定価格。この前提に立つと、秒スケールの世界は様相を変えます。
- エントリー直後に深く踏まれる
- 初期逆行(MAE)が大きい
- スプレッドと板差でエッジが吸収される
- 勝率が50%を下回る
- 最大連敗が増える
特に10秒観測×60秒保持のような短期ケースでは、中央値が負になり、ドローダウンが急拡大する結果となりました。方向性は「ある」のに、取れない。これは偶然ではなく、構造的な問題です。
強い先行アルゴがいる世界では、初動はすでに消化されています。私たちが観測できる時点では、優位性の大部分は市場に織り込まれている。遅延3秒という現実は、想像以上に重い。
では、秒スケールは完全に死んでいるのか。
正確に言えば、こうなります。
- 速度優位がない環境では、秒スケールの初動取りは極めて厳しい
- 方向性は存在するが、コスト構造がそれを上回る
- エッジがあっても、実行可能性がない
つまり、「理論的に当たる」と「実際に稼げる」は、別の問題なのです。
ここまでが出発点でした。
秒で勝てないなら、どうするか。
次章では、時間軸を拡張し、構造そのものを取りにいくアプローチへと進みます。
Ⅱ. 時間軸スキャン:A〜Fケースの総当たり検証
秒スケールが厳しいのであれば、次にやるべきことは明確です。
戦場を変える。
感覚的に「中期ならいけるかもしれない」と考えるのは簡単です。しかし、それでは再び思い込みに戻ってしまいます。そこで今回は、時間軸を段階的に拡張し、総当たりで executable ベース検証を行いました。
検証ケース
時間軸は以下の6パターンに固定しました。
- A:W=10秒 / H=60秒
- B:W=20秒 / H=120秒
- C:W=20秒 / H=180秒
- D:W=30秒 / H=180秒
- E:W=30秒 / H=240秒
- F:W=60秒 / H=180秒
ここで、
- W(window)は観測窓
- H(horizon)は保持時間
を意味します。
観測窓を広げればノイズは減りますが、初動は取り逃します。保持時間を延ばせば伸びは狙えますが、逆行リスクも増えます。つまり、時間軸の変更はリスク構造そのものを変える行為です。
グリッド条件
各ケースに対して、
- フロー不均衡 |imb| ≥ {0.4, 0.5, 0.6}
- 取引密度 trades/sec ≥ {3, 4, 5}
のグリッドをかけました。
さらに、
- executable価格のみ使用
- latency 3.3秒
- round-trip 0.5bps控除
- non-overlap(同時保有なし)
という厳密な前提を固定しました。
評価軸は単純な平均ではありません。
- mean_net_bps
- median_net_bps
- p25(下位25%)
- win_rate
- 最大ドローダウン
- 最大連敗数
- entry直後MAE
をすべて同時に見ています。
結果の全体像
54パターンを総当たりした結果、採用基準を満たしたのはわずか2パターンでした。
そしてその2つは、どちらも Case C(20秒観測 × 180秒保持)です。
それ以外のケースは、
- 平均は良く見えるが中央値が負
- 勝率は出るがp25が深い
- サンプルが極端に少ない
- ドローダウンが許容範囲を超える
といった理由で脱落しました。
特に10秒観測系(Case A)は、秒スケール検証の再確認となりました。方向性はあるものの、中央値は負、ドローダウンは拡大し、最大連敗は増加。これは偶然ではなく、構造的な問題です。
一方で、観測窓を20秒に拡張し、保持を180秒にしたCase Cでは、条件を強めた場合に限り、中央値が正に残りました。
ここで重要なのは、
平均値ではなく中央値が残ったこと
です。
これは、右裾依存だけではない可能性を示唆します。
しかし、油断はできない
ただし、この時点ではまだ勝利宣言はできません。
- サンプル数は多くない
- 初期逆行(MAE)は依然として深い
- 条件を少し緩めると即崩れる
- コスト前提を強くするとエッジは消える
つまりこれは、
「時間軸を変えれば勝てる」
という話ではなく、
「特定条件下でのみ、実行可能性が残る」
という結果です。
この章の結論はシンプルです。
秒で勝てないことは確認できた。
時間軸を広げれば可能性は残る。
しかし、それは極めて限定的で、繊細な構造である。
次章では、その唯一残ったCase Cを詳細に解剖します。
Ⅲ. 採用基準の明確化
時間軸スキャンを始めた段階で、ひとつ決めたことがあります。
「良さそう」に騙されない。
アルゴ戦略の検証で最も危険なのは、平均値だけを見て判断することです。特にサンプルが少ないとき、平均は簡単に歪みます。たった数本の大勝ちが、全体を“勝っているように”見せてしまう。
だからこそ、今回は最初に採用基準を固定しました。
採用基準
以下をすべて満たす場合のみ「候補」とする。
- mean_net_bps > 5bps
- median_net_bps > 1bps
- p25 >= -5bps
- win_rate > 55%
- 取引数 n >= 15
これらは恣意的な数値ではありません。
- mean > 5bps
実行コストと不確実性を考慮すると、薄いエッジはすぐに消えます。最低でもこの水準が必要です。 - median > 1bps
右裾依存を排除するため。中央値が正でなければ、再現性は疑わしい。 - p25 >= -5bps
下位25%の損失が深すぎる戦略は、実運用で耐えられません。 - win_rate > 55%
勝率50%前後では、ドローダウンが拡大しやすい。 - n >= 15
サンプルが少なすぎる結果は、ノイズの可能性が高い。
この基準を先に決めたことで、検証の自由度を自ら制限しました。ですが、それが重要です。
なぜ平均値だけでは不十分なのか
実際、30秒観測×180秒保持(Case D)では、平均値だけを見ると非常に魅力的な数値が出る設定が存在しました。
しかし、
- 中央値が負
- p25が大きく割れる
- 勝率が50%未満
といったケースがほとんどでした。
これは典型的な「右裾依存型」です。
少数の大勝ちが全体を押し上げているだけで、安定性はありません。
黒字ランを出すという現在の目標に照らすと、これは採用できません。
分布全体を見るということ
今回の検証で強く意識したのは、分布全体を見ることです。
- 上側(p75, p90)だけでなく
- 下側(p25, p10)を見る
- 最大連敗数を見る
- 最大ドローダウンを見る
- entry直後MAEを見る
戦略は平均では運用しません。
連敗も含めて、すべてのパスを通ります。
特に entry直後のMAE(最大逆行)は重要です。
初期逆行が深い戦略は、理論上は勝てても、実運用でメンタルと資金を削ります。
結果として残ったもの
この厳しい基準を通過したのは、54パターン中わずか2パターン。
しかも、どちらも同じケース(20秒観測×180秒保持)でした。
これは偶然ではありません。
- 秒スケールは明確に脱落
- 30秒観測は平均だけ強く、安定性に欠ける
- 20秒観測×180秒保持だけが、中央値とp25を維持した
この段階で初めて、「時間軸を変える」という仮説が、データで裏付けられました。
それでも、過信しない
ただし、ここで勝利宣言はできません。
- サンプル数はまだ少ない
- レジーム依存の可能性がある
- コスト前提を強くすると崩れる
採用基準を満たしたのは事実ですが、それは「勝てる」ことの証明ではなく、
「仮説として保持するに値する」
という意味に過ぎません。
この章で伝えたいのはひとつです。
エッジを探すのではなく、
エッジが崩れない条件を探す。
次章では、唯一残った20秒観測×180秒保持を、さらに分解していきます。
Ⅳ. 唯一残ったケースC(20s/180s)
54パターンを総当たりし、厳格な採用基準を通過したのは、わずか2パターンでした。
どちらも同じケース。
Case C:20秒観測 × 180秒保持
これは偶然ではありません。
秒スケールは速度負け、
30秒観測は分布が崩れ、
60秒観測は母数不足。
その中で、20秒という観測窓だけが、
- ノイズを減らしすぎず
- 初動を捨てすぎず
- 持続構造を拾える
という、絶妙な位置にありました。
■ 条件
通過した条件は以下の通りです。
- W = 20秒
- H = 180秒
- |imbalance| ≥ 0.4 〜 0.5
- trades/sec ≥ 5
- non-overlap
- executable評価
- latency 3.3秒
この条件下での分布は、
- mean ≈ +8bps
- median ≈ +4〜5bps
- p25 ≈ -4bps
- win_rate ≈ 62.5%
- 最大連敗 = 2
- 最大DD ≈ 20bps
となりました。
これは“圧倒的”ではありません。
しかし、中央値が正で、p25が浅く、連敗が抑制されている。
この点が重要です。
■ なぜ20秒なのか?
20秒観測というのは、構造的に意味があります。
- 5秒:ノイズ
- 10秒:まだ初動寄り
- 30秒:半分消化される可能性
- 60秒:遅れすぎ
20秒は、
初動を避けつつ、まだ持続に間に合う
可能性がある時間幅でした。
実際、midベースの「pre move」と「post move」を比較しても、
- エントリー前に大きく消化されているわけではない
- エントリー後にも持続幅が残っている
という構造が確認されています。
■ しかし、MAEは重い
ここがこの戦略の最大の特徴です。
entry直後のMAE分布を見ると、
- MAE中央値 ≈ -3.7bps
- -5bps超えの逆行 ≈ 約44%
つまり、ほぼ半分は -5bps 踏まれる。
これは「速度負け」とは違います。
秒スケールのように即死するのではなく、
一度踏まれてから、持続で取り返す構造
になっている可能性が高い。
この時点で、この戦略は“耐久型”であることが分かります。
■ 右裾依存はあるか?
右裾依存はゼロではありません。
- p75は +11bps 前後
- p90はさらに上
しかし、中央値が明確に正である点は重要です。
30秒観測ケースでは、平均は強く見えても中央値が負になる設定が多く見られました。
Case Cは、
「たまたま当たった」ではなく
「分布の中心が正に寄っている」
という違いがあります。
■ なぜtps>=5が効いたのか?
密度条件(trades/sec >= 5)は、この戦略の鍵です。
持続構造は、
- フローの偏り
- 参加者の密度
の両方が必要です。
imbalanceだけでは不十分。
密度が低ければ、単なる薄い板の歪みです。
tps>=5という条件は、
本当にフローが“継続している”状態のみを抽出
している可能性があります。
■ コスト耐性という弱点
ただし、ここで油断はできません。
追加コストを3.5bpsで固定控除すると、このエッジは消失します。
つまりこの戦略は、
- VWAP executable前提では成立し得る
- 追加固定コストを強く見積もると崩れる
という、非常に薄い領域に存在しています。
これは「強い戦略」ではなく、
繊細だが、存在し得る構造
です。
■ ここで見えてきたこと
Case Cは、
- 秒スケールとは明確に異なる
- レジーム依存はあるが極端ではない
- 分布の中心が正に寄っている
- しかし初期逆行は深い
つまりこれは、
速度型ではなく、持続回収型の構造
です。
この戦略は「早く入る」のではなく、
“継続しているかどうか”に賭けている。
ここまでがCase Cの現在地です。
次章では、
- この戦略がなぜコストに弱いのか
- エッジ幅の薄さ
- 固定3.5bps控除で崩壊する理由
を整理します。
Ⅴ. 初期逆行の現実:MAE分布の解剖
Case C(20秒観測 × 180秒保持)が唯一残ったとはいえ、そこで終わりではありません。
むしろ、ここからが本番です。
平均や中央値が正であることは確認できました。しかし、実運用で最も重要なのは、エントリー直後に何が起きるかです。
ここで登場するのが MAE(Maximum Adverse Excursion)、すなわち「最大逆行幅」です。
■ エントリー直後の現実
Case Cの通過条件における、エントリー後30秒以内のMAE分布は次のような特徴を持っていました。
- MAE中央値:約 -3.7bps
- -5bps以上の逆行:約44%
- -8bps以上の逆行:約6%前後
これはかなり重い数字です。
約半分のトレードが、一度は -5bps 以上踏まれている。
言い換えれば、エントリー直後は優位どころか、ほぼ不利に見える瞬間が頻繁に発生しています。
これは秒スケールの“即死型”とは違います。
しかし、「楽に勝てる構造」でもありません。
■ なぜ初期逆行が発生するのか?
考えられる要因は大きく三つあります。
1. 遅延の影響
latency 3.3秒という前提では、観測されたフローの一部はすでに消化されている可能性があります。
つまり、完全な初動ではない。
2. フローの一時的反動
強い片側フローの後には、短期的な逆流が発生することがあります。
これはアルゴの利確や板補充による反応です。
3. 価格の揺り戻し
20秒観測はノイズを減らしますが、それでも短期的なボラティリティは残ります。
構造が続いていても、短期的には上下に振れます。
これらが重なり、
「方向は合っているが、すぐには伸びない」
という状況を生み出しています。
■ これは致命的か?
結論から言えば、致命的ではないが、設計が必要です。
なぜなら、この戦略は“初動を取る”ものではないからです。
秒スケール戦略であれば、-5bpsの初期逆行は即撤退対象になります。しかし、Case Cは180秒保持が前提です。
つまり、
- 一度踏まれて
- その後の持続で回収する
構造を想定しています。
問題は、「どこまで踏まれても耐えるのか」という設計です。
■ SL設計の再考
MAE分布を見る限り、
- -3bpsはほぼ日常
- -5bpsも頻発
- -8bpsは稀
この分布から見えるのは、
-5bpsで即切ると、勝ちトレードの一部を自ら捨てる可能性が高い
という事実です。
一方で、
-10bpsまで耐えると、ドローダウンは急拡大する
可能性もあります。
ここで重要なのは、SLを感覚で決めないことです。
MAE分布は、「どこに自然な閾値があるか」を示唆しています。
-6〜-8bps付近が、現実的な耐久限界かもしれません。
■ 速度負けとの違い
ここで、秒スケールとの決定的な違いを整理します。
秒スケールでは、
- エントリー直後に即逆行
- そのまま戻らない
- medianが負
という構造でした。
一方、Case Cでは、
- 初期逆行は深い
- しかし最終分布は正
つまり、
「踏まれる」ことと「負ける」ことは一致していない。
この違いが、時間軸を変えた意味です。
■ 現時点での解釈
Case Cは、
- 初期逆行を許容し
- 持続幅で取り返す
戦略です。
これはメンタル的には非常に扱いにくい構造です。
エントリー直後に含み損が出る戦略は、心理的負荷が大きい。
しかし、MAE分布を可視化したことで、
「踏まれているのは自分だけではない」
「構造上、そうなる設計である」
と理解できるようになりました。
これは大きな違いです。
■ 次に見るべきこと
MAE分布は、「耐える戦略」であることを示しました。
次章では、
- 右裾依存の実態
- 大勝ちが平均を押し上げていないか
- 分布の歪み
を解剖します。
持続型エッジが本当に“分布の中心”にあるのか、それとも“尾”に依存しているのか。
そこを確認します。
Ⅵ. コスト前提を変えるとエッジは消える
Case C(20秒観測 × 180秒保持)は、厳しい基準を通過した唯一の候補でした。
しかし、ここでひとつ重要な検証を追加しました。
コスト前提を強くする。
これまでの評価では、
- executable(VWAP)ベース
- latency 3.3秒
- round-trip 0.5bps追加控除
という前提を置いていました。
これは「板差はVWAPに内包されている」という設計です。
しかし、実務では滑りや追加コストが発生する可能性があります。
そこで、保守的な前提として、
固定で 3.5bps を追加控除
するケースを再検証しました。
■ 結果:通過ゼロ
結論は明確でした。
基準通過は 0 / 54 パターン。
Case C(20s/180s, imb>=0.5, tps>=5)も、
- mean ≈ +5bps
- median ≈ +2.4bps
- p25 ≈ -7bps
まで低下し、p25基準を割り込みました。
つまり、
3〜4bpsを固定でさらに削ると、エッジは消える。
これは偶然ではありません。
■ 何が起きているのか?
この結果が意味するのは、
エッジ幅が非常に薄い
ということです。
Case Cの平均リターンは +8bps前後でした。
そこから3bps削ると +5bps程度になります。
問題は平均ではなく、分布の下側です。
- p25が -4bps付近だったものが
- -7bpsまで悪化する
つまり、
「負けの深さ」が、想定コストの増加によって許容範囲を超える。
エッジは存在しても、コスト耐性が弱い。
■ これは失敗なのか?
ここで感情的になるのは簡単です。
「やっぱり無理なのではないか」
しかし、この結果はむしろ重要です。
なぜなら、
- 秒スケールは構造的に不利
- persistenceは“条件付きで成立”
- しかしコストを厚く見ると崩れる
という境界線が明確になったからです。
これは「勝てない」という結論ではありません。
どこまでが成立領域かが見えた
ということです。
■ 2層の評価軸
ここで、戦略の扱い方を二層に分ける必要があります。
層1:VWAP executable前提(軽コスト)
- Case Cは候補として残る
- 黒字ランの可能性はある
- 実行可能性は確認できる
層2:固定3.5bps控除(保守)
- エッジは消失
- 分布の下側が崩れる
- 安定性は弱い
この二層を混同してはいけません。
戦略は“成立している”のではなく、
「特定コスト前提のもとでのみ成立している」
のです。
■ 本質はどこにあるか?
この章で見えた本質は、時間軸ではなく、
コスト構造が最大の敵である
という事実です。
- 方向性はある
- 持続もある
- しかしエッジ幅が薄い
そのため、
- スプレッドが悪化
- 約定が滑る
- 板が薄くなる
と、すぐに消えます。
これは「アルゴに勝てない」のではなく、
市場がほぼ効率的である
という意味に近い。
■ それでも続ける理由
では、なぜCase Cを完全に捨てないのか。
理由はシンプルです。
現在の目標は、
完璧な戦略を証明することではない。
黒字ランを出すこと。
VWAP executable前提でエッジが残るなら、
- 条件をさらに絞る
- レジームを限定する
- 回数を減らす
- サイズを抑える
というアプローチで、“突破口”を作る価値があります。
■ 冷静な結論
コストを厚く見るとエッジは消える。
これは事実です。
しかし同時に、
コストを精密に扱えば、まだ境界線上に立てる。
ということも分かりました。
この戦略は強くない。
しかし、存在している可能性はある。
次章では、
- persistence戦略の危険性
- 右裾依存
- レジーム依存
- サンプル不足
を整理し、冷静に全体像をまとめます。
Ⅶ. persistence戦略の危険性
20秒観測×180秒保持(Case C)は、厳しい基準を通過した唯一の候補でした。
しかし、ここで立ち止まる必要があります。
残ったことと、安全であることは別問題です。
persistence型戦略には、いくつかの明確な危険性があります。
■ 危険1:右裾依存の可能性
平均値が正であっても、それが少数の大勝ちに依存している場合、再現性は低下します。
Case Cでは中央値が正である点は評価できますが、それでも p75・p90 に大きな伸びが存在しています。
これは、
- 勝つときは伸びる
- しかし、伸びなければ平凡
という構造を示唆します。
右裾依存が強すぎる場合、ランダム性に結果が支配されやすくなります。
実運用では、
- 伸びる局面に遭遇できるか
- その前に連敗で撤退しないか
が重要になります。
■ 危険2:レジーム依存
persistence型は、明らかにレジーム依存です。
- フローが継続する市場では機能する
- レンジ市場では機能しない
特に30秒観測系では、continuationレジームでは正、imbalanceレジームでは負という明確な差が確認されました。
これは、
戦略そのものよりも、レジーム判定が成否を分ける
可能性を意味します。
レジームが変われば、エッジは消える。
つまり、戦略の安定性は市場環境に大きく依存しています。
■ 危険3:初期逆行の耐久前提
前章で見た通り、エントリー直後のMAEは重い。
- -5bpsは日常
- -8bpsも一定確率で発生
これは、
「一度踏まれてから取り返す」
設計になっていることを意味します。
しかし、耐久型戦略は次のリスクを抱えます。
- メンタル耐性が必要
- SL設計が難しい
- 連敗が続くと心理的負荷が急増
初期逆行が深いということは、ポジションを持った直後に“間違っているように見える”瞬間が多いということです。
これは裁量トレードでも自動売買でも、非常に扱いにくい構造です。
■ 危険4:サンプル不足
今回の検証データは2日分。
通過条件を満たしたトレード数は、16本程度。
これは「兆候」としては十分ですが、「証明」と呼ぶには不足しています。
サンプルが少ない状態では、
- 特定日の偏り
- 偶然の連続
- 特定時間帯の影響
を排除できません。
再現性は、複数日・複数レジームで検証しなければ確立できません。
■ 危険5:コスト耐性の薄さ
固定3.5bpsを追加控除すると、エッジは消失しました。
これは、
エッジ幅が非常に薄い
ことを意味します。
市場のスプレッドが広がる、板が薄くなる、約定が滑る。
それだけで戦略は成立しなくなります。
persistence型は「強い戦略」ではなく、
条件が整ったときにだけ成立する、繊細な構造
です。
■ persistenceは「完成形」ではない
ここまで整理すると、persistence戦略は次のようにまとめられます。
- 秒スケールよりは現実的
- 分布の中心が正に寄る可能性がある
- しかし、薄く、繊細で、環境依存
これは完成形ではありません。
むしろ、
戦場を変えた結果、見えた“可能性のある領域”
に過ぎません。
■ それでも意味がある理由
では、なぜこの戦略を検討し続けるのか。
理由はシンプルです。
- 秒スケールは構造的に厳しい
- persistence型は条件付きで成立する
- 境界線が見えた
これは大きな進歩です。
エッジが存在するかどうかではなく、
どの条件なら存在し得るか
が見えた。
それが今回の最大の収穫です。
次章では、戦略思想の転換についてまとめます。
最適化ではなく、
黒字ランを出すための設計へ。
Ⅷ. 戦略思想の転換:最適化から黒字ランへ
ここまでの検証で、いくつかの事実が確認できました。
- 秒スケールは、速度優位がない前提では構造的に厳しい
- 20秒観測×180秒保持は、条件次第で executable 優位が残る
- しかしエッジ幅は薄く、コストに弱い
- 初期逆行は深い
- レジーム依存は無視できない
ここで、ひとつの問いに直面します。
この戦略は、長期的に勝ち続けられるのか?
正直に言えば、まだ証明できません。
母数は少なく、コスト前提を厳しくすると崩れます。
「最適化して完璧な戦略を作る」フェーズには、まだ早い。
そこで、目標を変えました。
長期最適化ではなく、まず黒字ランを出す。
これは妥協ではありません。
戦略開発のフェーズを、意図的に切り替えただけです。
■ 最適化フェーズの罠
これまでの私は、無意識のうちに「完成形」を探していました。
- どの時間軸が最適か
- どの閾値が最も強いか
- どこまでコストを耐えられるか
これは研究としては正しい姿勢です。
しかし、最適化フェーズには罠があります。
- 母数が少ないまま精緻化が進む
- 条件が複雑化する
- 実装と検証が乖離する
- “勝てるはず”の戦略が増える
そして、実際には一円も稼げていない、という状況に陥ります。
■ 黒字ランという現実的目標
黒字ランとは何か。
それは、
- 長期安定ではない
- 理論証明でもない
- 数十回のトレードで、純利益がプラスになる
という状態です。
たとえ小さくても、
executable ベースで実際に残る
ことが重要です。
これは心理的にも大きい。
「理論上は勝てる」ではなく、
「実際に残った」という事実が、次のフェーズへの足場になります。
■ そのための設計思想
黒字ランを目指すなら、思想は変わります。
- 条件を極端に絞る
- 打つ回数を減らす
- continuationレジーム限定
- 単一ポジション固定
- リスク圧縮を優先
これは最適化ではありません。
生き残る設計です。
Case C(20s/180s)は、その突破口になり得る唯一の候補でした。
完璧ではない。
しかし、境界線上に立っている。
ならば、まずはその境界線で勝てるかどうかを試す。
■ 「強い戦略」より「成立する戦略」
ここで大きな転換があります。
これまでは、
強い戦略を探す
という姿勢でした。
しかし今は、
成立する戦略を探す
に変わりました。
これは後退ではありません。
むしろ、
- 現実のコスト
- 実行遅延
- 約定滑り
- レジーム変化
を受け入れたうえで、戦うという意味です。
■ 研究から実戦へ
今回やったことは、"研究"でした。
- 秒スケールの再評価
- 時間軸スキャン
- 分布検証
- コスト二層評価
- MAE分析
ここまでやって初めて、
実戦フェーズに入る準備が整った
と言えます。
黒字ランはゴールではありません。
しかし、
- 実行可能性の確認
- 設計の妥当性
- コスト耐性の実証
を一歩進めるための通過点です。
次章では、本記事の暫定結論と、今後の検証方針を整理します。
最適化はやめない。
しかし順番を変える。
まずは、黒字を出す。
Ⅸ. 現時点の暫定結論
今回の検証で分かったことを、感情を排して整理します。
1. 秒スケールは構造的に厳しい
10秒観測×60秒保持をはじめとする短期ケースでは、
- 中央値が負
- ドローダウンが拡大
- 最大連敗が増加
という結果になりました。
方向性は存在しても、executable価格で再評価すると、スプレッドと板差に吸収される。
速度優位がない前提では、秒スケールで初動を取りにいく戦略は、現実的ではありません。
これは“感覚”ではなく、“前提を固定した再計算”の結果です。
2. 20秒観測×180秒保持に限定的な可能性がある
時間軸を拡張した総当たり検証の結果、
- 20秒観測
- 180秒保持
- 高密度条件(tps>=5)
においてのみ、中央値が正で、p25が浅く、勝率も基準を満たすケースが残りました。
これは、
持続構造を取る戦略には、条件付きで実行可能性がある
ことを示しています。
ただしこれは「強いエッジ」ではなく、「成立し得る構造」です。
3. 初期逆行は重い
Case Cにおいても、
- エントリー直後のMAE中央値は約 -3〜4bps
- -5bps超の逆行が頻発
しています。
これは、
一度踏まれてから取り返す設計
であることを意味します。
耐久型であり、初動型ではありません。
4. コスト前提を強くするとエッジは消える
固定3.5bpsを追加控除すると、採用基準を満たすケースは消失しました。
つまり、
- エッジ幅は薄い
- コスト耐性は強くない
という事実が確認されています。
これは、過度な楽観を排除する重要な結果です。
5. persistence戦略は環境依存である
- レジーム依存
- 右裾依存の可能性
- サンプル不足
これらのリスクは依然として存在します。
したがって、
現時点で「勝てる」と断言することはできない。
それでも、前進である
ここまで読んで、「結局微妙なのではないか」と感じるかもしれません。
しかし、今回の検証には明確な前進があります。
- 戦えない時間軸が明確になった
- 成立し得る時間軸が特定できた
- コスト境界線が見えた
- 分布構造が可視化された
これは「戦略を持った」というよりも、
戦える領域と、戦えない領域が分かった
という進歩です。
暫定結論
現時点の暫定結論は、次の通りです。
- 秒スケールの初動取りは、現前提では非現実的
- 20秒観測×180秒保持に限定的な可能性
- エッジは薄く、繊細で、環境依存
- コスト構造が最大の制約
したがって、
persistence型を暫定本命候補として保持しつつ、黒字ラン検証フェーズへ移行する。
これが現在地です。
これは最終結論ではありません。
しかし、検証可能な仮説として残すに値する構造は、確かに存在していました。
次章では、今後の検証方針と、黒字ランフェーズで何を見るのかを整理します。
Ⅹ. 今後の検証方針
ここまでで、戦場は整理できました。
- 秒スケールは構造的に厳しい
- 20秒観測×180秒保持に限定的な可能性
- エッジは薄く、繊細で、環境依存
では、ここから何をするのか。
感覚ではなく、検証の順序を明確にします。
1. 日跨ぎ再現性の確認
最優先はこれです。
現在の検証データは限られた日数に基づいています。
Case Cが成立したとしても、それが特定日の市場環境に依存している可能性は否定できません。
今後は、
- 複数日で同一条件を固定
- 同一スクリプトで再評価
- mean / median / p25 / win_rate の維持確認
を行います。
特に重要なのは、
中央値が正を維持できるか
です。
2. レジーム分離の明確化
persistence型はレジーム依存の可能性が高い。
したがって、
- continuationレジームのみ抽出
- imbalance優勢時は除外
- レンジ圧縮局面の挙動確認
を行い、環境別の成績を分離します。
戦略単体の強さよりも、
どの環境で使うべきか
を明確にすることが重要です。
3. MAE前提のリスク設計
初期逆行は避けられません。
したがって、次の検証では、
- -6bps / -8bps のSL比較
- 早期撤退ルールの影響
- 初期逆行耐久と最終リターンの関係
を定量化します。
ここで目指すのは「最大利益」ではなく、
黒字ランを成立させるリスク構造
です。
4. 実行ログとの整合
オフライン検証と実運用ログの整合も確認します。
- 実際の約定価格とのズレ
- スプレッド拡大時の影響
- 板の薄い時間帯の挙動
机上の検証だけでは不十分です。
最終的には、
実行可能性があるかどうか
が判断基準になります。
5. 条件の追加最適化は後回し
重要なのはここです。
- パラメータの微調整
- 閾値の細分化
- 条件の複雑化
は、今はやりません。
なぜなら、
母数が少ない状態での最適化は、過学習に直結する
からです。
今は「削る」フェーズではなく、
構造が崩れないかを確認するフェーズ
です。
現在地の整理
この検証で明らかになったのは、
- 速度戦は避けるべき
- 構造持続に可能性がある
- ただし薄く、繊細
という現実です。
これを悲観する必要はありません。
むしろ、
戦えない領域を切り捨てられた
ことは大きな進歩です。
次の目標
短期目標は明確です。
executableベースで、黒字ランを出す。
それができれば、
- persistence型の成立可能性
- コスト前提の妥当性
- リスク設計の現実性
が一段具体化します。
これは最終結論ではありません。
しかし、無根拠な期待でもありません。
検証可能な仮説を持ち、
戦場を限定し、
一歩ずつ詰める。
そのフェーズに入りました。